意外と知らない?花街で使われる“通”な花の種類

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京の街を歩いていると、ふとした瞬間に季節の香りが風にのって運ばれてくることがあります。

石畳を濡らす打ち水、格子戸の向こうから聞こえるお囃子の音、そして、軒先にそっと生けられた一輪の花。
ここ京都、とりわけ花街と呼ばれる場所では、「花」という言葉が特別な重みを持って息づいています。

わたくしは、東山の地で代々続く花屋「桜花堂」の三代目、桜井凛と申します。
幼い頃から舞妓さんや芸妓さんの髪を彩る花簪(はなかんざし)を目にし、花が紡ぐ物語に魅せられてまいりました。

今回は、そんなわたくしが日々の仕事を通して見つめてきた、花街で愛される“通”な花の世界へ皆様をご案内いたします。
この記事を読み終える頃には、きっとあなたも一輪の花に込められた奥ゆかしい物語を感じ取れるようになっていることでしょう。

花街における花の役割とは

花街において、花は単なる美しい飾りではありません。
それは、季節の移ろいを告げ、人の心を映し、言葉以上に雄弁な想いを伝える、大切な役割を担っています。

花と舞妓・芸妓の暮らし

舞妓さんや芸妓さんの暮らしは、花と深く結びついています。
彼女たちの髪を飾る花かんざしは、月ごとに変えるという厳格な決まりごとがあり、その姿を見るだけで季節の訪れを知ることができるのです。

お座敷の床の間には、その日の趣向に合わせた花が生けられ、お客様をもてなす心の表れとなります。
花は、厳しい芸事の世界に生きる彼女たちの日常に、彩りと潤いを与える存在なのです。

四季を彩る花のしつらえ

花街のお茶屋さんや料亭では、玄関や床の間に季節の花が欠かさずしつらえられています。

  • 春には、芽吹きの力強さを感じさせる山茱萸(さんしゅゆ)や木瓜(ぼけ)。
  • 夏には、涼を呼ぶ青楓(あおかえで)や瑞々しい蓮(はす)。
  • 秋には、実りの豊かさを示す栗や柿の枝。
  • 冬には、凛とした空気に映える椿や水仙。

これらはすべて、訪れる人への究極のおもてなしの心であり、その店の主人の美意識そのものを表していると言えるでしょう。

花は“ことば”として交わされるもの

花街では、花が“ことば”として交わされる場面が少なくありません。
お祝いの席には華やかな花を、少し寂しい知らせにはそっと寄り添うような花を。

花言葉に託して、直接は言えない気持ちを伝えることもあります。
花を選ぶ心、贈る心、そして受け取る心。
その三つが通い合ったとき、一輪の花は人と人との心を繋ぐ架け橋となるのです。

通人だけが知る、花街ならではの花々

花街で愛される花は、誰もが知る桜や菊だけではありません。
むしろ、その季節に寄り添うように、さりげなく咲く花々にこそ“通”の好む粋(いき)が宿っています。

柳の間に咲く「撫子」──可憐さの象徴

「柳巷花街(りゅうこうかがい)」という言葉があるように、柳は古くから花街の象徴とされてきました。
そのしなやかな枝が風に揺れる様は、舞妓さんの舞のようです。

初夏、その柳の緑に寄り添うように咲くのが「撫子(なでしこ)」。
その可憐な姿は、まだあどけなさが残る若い舞妓さんのようだと、お茶屋の女将さんが教えてくれたことがあります。

初夏の香り「青楓」──若さと儚さを映して

紅葉の季節の燃えるような赤も美しいですが、花街の通人が好むのは、初夏の「青楓(あおかえで)」です。
目にまぶしいほどの若々しい緑は、生命力にあふれ、これから先の成長を期待させる希望の色。

若さとは、かくも清々しく、そして儚いもの。
青楓の葉の一枚一枚に、そんな人生のひとときが映し出されているように感じます。

お座敷に一枝あるだけで、すっと涼やかな風が吹き抜けるような心地がするのです。

夜の帳に映える「椿」──静かなる色香

冬の厳しい寒さの中で、凛として咲く椿。
特に、夜の灯りに照らされた椿の姿には、はっと息をのむような色香が漂います。

派手さはありませんが、その奥に秘められた情熱を感じさせる花。
経験を重ね、円熟味を増した芸妓さんの静かな佇まいと重なります。
多くを語らずとも伝わる美しさが、そこにはあるのです。

送り火の頃に「桔梗」──別れと再会の花言葉

夏の終わり、五山の送り火が京の夜空を焦がす頃になると、花屋の店先には「桔梗(ききょう)」が並びます。
秋の七草のひとつであり、過ぎゆく夏を惜しみ、来る秋を迎える季節の節目を告げる花です。

桔梗には「変わらぬ愛」という花言葉があります。
お盆に帰ってきた魂を送り、また来年の再会を願う。
そんな花街の人々の祈りの心が、この花には込められているのかもしれません。

花の装いと花街の美意識

花街の美意識は、花の「装い」にも色濃く表れます。
特に舞妓さんの花かんざしは、その象徴と言えるでしょう。

花簪に託された年中行事

舞妓さんの髪を彩る花かんざしは、月ごとに細かく決められています。

  1. 1月: 松竹梅
  2. 2月: 梅
  3. 3月: 菜の花
  4. 4月: 桜
  5. 5月: 藤
  6. 6月: 柳に撫子、紫陽花
  7. 7月: 祇園祭のうちわ
  8. 8月: すすき、朝顔
  9. 9月: 桔梗
  10. 10月: 菊
  11. 11月: 紅葉
  12. 12月: 顔見世の「まねき」

これらは単なる飾りではなく、歩く暦とも言える存在。
花街を行き交う人々は、彼女たちの花かんざしを見て、季節の移ろいを感じるのです。

見立ての妙──花の名で語る心情

花街では、直接的な表現を避ける「見立て」という文化が尊ばれます。
たとえば、お座敷に客人が忘れていった扇子を、ただ「忘れ物です」と返すのではなく、扇子の絵柄にちなんだ花を一輪添えてお返しする。

そんな粋な計らいに、日本人が古来から育んできた奥ゆかしい美意識が垣間見えます。
花は、心を映す鏡であり、言葉にできない心情を語るための大切な道具なのです。

花あしらいの所作と美しさ

花を生ける、花を贈る、その一連の所作の美しさもまた、花街の美意識のひとつです。
指先の動きひとつ、視線の配り方ひとつに、その人の心が表れる。

花を丁寧に扱うことは、人を丁寧に思うことにつながります。
花街では、そんな「花あしらい」の心も、芸事と同じくらい大切なものとして受け継がれているのです。

花屋として見た、花街の花選び

わたくしたち花屋にとって、花街からのご注文はいつも特別なものです。
それは単なる商品の売買ではなく、物語を共有する仕事だからです。

舞台裏のやりとり──注文は“物語”から始まる

お茶屋さんからの電話は、こう始まります。
「凛さん、今度お越しになるお客様は、遠方から久しぶりに京へお戻りの方。思い出話に花が咲くような、懐かしいお花をお願いできますか」

花の名前ではなく、お座敷の背景にある“物語”から注文が始まるのです。
わたくしたちはその物語を頭に描きながら、お客様の心に寄り添う花を懸命に探します。

芸妓衆が好む“粋”の選択

面白いことに、ベテランの芸妓さんほど、華やかな大輪の花ではなく、楚々とした山野草や、少し変わった枝ものを好まれる傾向があります。

  • 派手さよりも、趣を。
  • 完成された美しさよりも、余白を。
  • 多くを語らずとも、伝わる気品を。

そこに、花街が育んできた“粋”という美意識が集約されているように感じます。

花を選ぶ心──一輪が持つ背景の深さ

一輪の花を選ぶとき、わたくしたちはその花が育ってきた背景にまで想いを馳せます。
雨風に耐えて咲いた花には力強さが、人の手で大切に育てられた花には優しさが宿っています。

その花の持つ物語と、贈る相手の物語が重なったとき、最高の一本が選ばれるのです。
それは、花屋冥利に尽きる瞬間に他なりません。

花とともにある記憶と物語

花は、人の記憶と深く結びついています。
わたくしの心にも、花にまつわる忘れられない光景がいくつも焼き付いています。

とある老舗お茶屋での出来事

先代の女将さんが亡くなられた、ある老舗のお茶屋さんでのこと。
祭壇には、女将さんが生前こよなく愛した、白く大きな鉄線(てっせん)の花を飾らせていただきました。

すると、焼香に訪れた馴染みのお客様が、その花を見てぽつりとおっしゃいました。
「ああ、女将さんらしい花や。いつも凛として、筋が一本通った人やった」。
花は、亡き人の人柄までも、そこにいる人々に語りかけていたのです。

一輪の百合がつなぐ師弟の絆

厳しいことで有名だった舞の師匠が、引退するお弟子さんのために、たった一輪の百合の花を注文されたことがありました。
「あの子の舞は、百合の花が開くようやった」。
そう言ってはにかんだ師匠の顔を、今でも覚えています。

言葉にしなくとも、その一輪の百合が、師匠の愛情と労いのすべてを伝えているように見えました。
花は、時として万感の想いを代弁してくれるのです。

花とともに綴られる季節の手紙

わたくしは、季節ごとに馴染みのお客様へ、その時期の花をあしらった絵葉書をお送りするのを習慣にしています。
「桜井さんからのお便りで、季節が変わったことを知ります」というお返事をいただくと、花を通じて誰かの日常に寄り添えていることを実感し、温かい気持ちになります。

花は、人と人とを、そして季節と人とを繋ぐ、美しい手紙なのです。

まとめ

今回は、花街に息づく“通”な花の世界を、わたくしなりの視点でお話しさせていただきました。

花街における花は、単なる植物ではありませんでした。

  • 役割: 季節を告げ、心を通わせるコミュニケーションツール。
  • 種類: 撫子や青楓など、華やかさよりも趣を大切にする花々。
  • 美意識: 花かんざしや「見立て」に代表される、奥ゆかしく粋な心。
  • 物語: 一輪の花が、人の記憶や絆と深く結びついている。

花は、時代が移ろい、人が変わっても、いつもそこに咲き、人の心に寄り添い続けてくれます。
一輪の花を愛でる心は、きっとあなたの日常を、より豊かで美しいものにしてくれるはずです。

さて、最後にひとつだけ。
もしあなたが大切な誰かに花を贈るとしたら、この季節、どんな花を選びますか?
その花に、どんな物語を託しますか?

どうぞ、あなただけの花の物語を、紡いでみてください。

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